ヒプノセラピーの歴史

  催眠の歴史

 

   

古代エジプト・インド・ギリシャ

エジプトの古代都市サッカラにあるイムホテプの神殿は紀元前3世紀後半は癒しの中心部でした。催眠の起源は紀元前のインドやエジプトの神殿や寺院で行われていたことが現存するパピルスに記されていることが報告されています。

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   眠りの寺院 Sleep Temple」と言われるの慣習はギリシャへと伝わって行きました。病んでいる人は神々からの治療法を求めて神殿にやって来て、ハーブを使った長い儀式と何時間ものリズミカルな祈りの後、特別な暗い部屋に導かれ、目を閉じて、治療法を明らかにする夢を待ったと言われています。ギリシャではこの寺院は医学の神であるアスクレピオスに敬意を表して建てられ、アスクレピオスと呼ばれていました

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16世紀

 16世紀になるとスイスの医師パラケルススが磁石と催眠の暗示を使って癒しを行っていました。彼が初めての磁石を使ったヒーリングを施術した医者です。彼は独特の原理に基づく治療法・診断法を唱え、錬金術の研究から、これまでの医学化学を導入しました。

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 パラケルスス

 酸化鉄水銀、アンチモンヒ素などの金属の化合物を初めて医薬品に採用したことでこの業績から「医化学の祖」と呼ばれています。彼は水銀を使った梅毒の治療や鉱山労働者の職業病である鉱山病、精神病理などの個別研究も多く行っていました。

 

  

17世紀

 17世紀になるとアイルランドのヒーラー、バレンタイン・グレイトレイクスが登場します。

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バレンタイン・グレイトレイクス

  彼は病んでいる人に手をかざし、あるいは磁石を使ってヒーリングを行い、「The Stroker」(なでる人)と呼ばれ、痛み、痛風、リウマチ、けいれんなどは、彼の接触によって病気の症状が止まったと言われています。しかし、異常な治療を行っているとされ、彼はこの施術方法をアイルランドで禁じられてしまいました。彼の実績は1666年にオックスフォードで印刷されたパンフレットに記されています。バレンタイン・グレートレイクスの治療法の効果を証明する多くの人たちの署名により、彼の功績が見直されました。

 

  

18世紀

 18世紀になると、イエズス会の牧師である、マクシミリアン・ヘル神父がヒーリングを行っていたことがわかります。彼もまた、磁石を使って治癒を起こしていました。彼の弟子であり、この後に登場するフランツ・アントン・メスメルが有名になったことでマクシミリアン・ヘル神父の名前が歴史に残っています。

 ヘル神父から学んだ磁気ヒーリングをウィーンに持ち帰ったのが医師のフランツ・アントン・メスメルです。

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フランツ・アントン・メスメル

 彼の治療の初期では主に流血療法という治療法が使われていました。患者の幹部を切り開いて悪い血を流させ、切開して血が流れている部分に磁気を当てて止血するという治療法です。その後偶然発見した暗示による磁石なしの止血で、磁石なしのヒーリングへと治療法が変わります。彼のヒーリング手法は、後に「動物磁気」と呼ばれ、「メスメリズム」と呼ばれるものです。

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 有名になったメスメルはウィーンからパリへと活躍の場を移します。当時はルイ王朝。ルイ16世、マリ―・アントワネットの時代です。特権階級の人たち相手への動物磁気の医療行為で成功したメスメルは同業者の反感を買い、王により諮問委員会が開催され治療行為の審議が行われました。結果は異端とされ、メスメルはフランスから追放されます。

 しかしメスメリズムは多くの研究者に影響を与え、信奉者たちにその後も治療法は受け継がれて行きました。

 

 

19世紀

  イギリス、スコットランドの外科医であり催眠の研究者ジェームス・ブレイドが登場します。彼は外科医としては内反足の治療法に対する先駆的な研究を残し、また催眠や催眠療法についての極めて重要な革新を起しました。現在では彼は催眠療法と近代催眠の父と多くの人にみなされています。

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ジェームス・ブレイド

 1841年に見聞したメスメリズム=動物磁気に彼は強いインスピレーションを受け、独自にその研究を始め動物磁気を利用せずにメスメリズムを行う公開実験に成功しました。このメスメリズムという現象がトリックでないこと、磁気による物理作用ではなく心理生理学的な現象、暗示によるものだと看過し、これをヒプノティズム=催眠と命名しました。ギリシャ語のhypnos(眠り)が語源です。1843年に出版された彼の著書「Neurypnology(神経催眠学)」の中でこのことが記されています。

 

 同時期にインドで活躍していた医師ジェームズ・エスデイルは、催眠を麻酔として利用し、痛みを感じない手術を2000件以上も成功させました。

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ジェームズ・エスデイル

しかし、帰国後スコットランドでこれを実践しようとした時に多くの医者からの反発を受けます。

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そして、イギリスの医学界から追放されそうになりましたが、クロロホルムの発見により催眠による痛みのコントロールの議論はなくなりました。

 

 1866年にアンブロワーズ・オーギュスト・リエボーという医師が催眠に関する出版物と治療セッションを通じてイポリト・ベルネームという医師の支持を得ることになります。

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アンブロワーズ・オーギュスト・リエボー

 この二人の共同でフランスのナンシーにナンシースクールという催眠を中心とした心理療法の学校が設立されました。このナンシースクールでは、精神分析学で有名なフロイトもここで催眠を研究し、学んでいました。

 

1875年には、ウィリアム・ジェームズアメリカで初の心理学の講義を開始し、研究室を設立しました。

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ウィリアム・ジェームズ

 彼は後の認知心理学における記憶の理論、トランスパーソナル心理学に通じる『宗教的経験の諸相』など、様々な影響をもたらしました。

 

20世紀

 20世紀に入ると催眠の研究はヨーロッパからアメリカへと引き継がれていきます。ミルトン・エリクソンは催眠療法家として知られる精神科医、心理学者です。

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ミルトン・エリクソン

 アメリカ臨床催眠学会の創始者で、初代会長も勤めました。天才催眠療法士・魔術師と言われた彼は、これまでの権威的な催眠誘導とは違う受容的催眠誘導で、相手のすべてを受け入れる手法を用いました。会話の延長線上で、いつの間にか催眠状態に入っているという彼の催眠の特徴は、全ての状況を催眠のリソースとして活用する、起こることをそのまま起こさせ、そこから現れて来るものや事柄をそのまま利用する、ユーティライゼーションという手法を用いたことです。

 

 エリクソンは許容的な催眠手法を好んで使いましたが、ジョージ・ホーベン・エスタブルックスの手法は、古典的な催眠に見られる直接的で、権威的な催眠でした。

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ジョージ・ホーベン・エスタブルックス

 ハーバード大学卒、コルゲート大学の教授であった彼は、第二次世界大戦中の催眠の権威でした。兵士たちに催眠を利用しメンタルトレーニングも行っていました。

 

 そして当時アメリカでは手術で使う麻酔の量が問題となり、その量がコントロールできずに死亡率の増加がクローズアップされました。麻酔の量を減らすために催眠を利用しようという動きが高まります。ここで登場するデーブ・エルマンはエリクソンやエスタブルックと並ぶ催眠の権威です。

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デーブ・エルマン 

 催眠を使った痛みの制御であるペインコントロールや出産の苦痛を和らげる催眠出産、年齢退行の技術はデーブ・エルマンの功績なしには、発展しなかったでしょう。

 ステージで興行師として催眠術を行う父を持つ彼は、人を一瞬にして催眠状態に引き入れる術を持っており、彼の即効誘導は、権威的誘導法と許容的催眠誘導との混合物で、どのような患者に対しても簡単に、短時間で催眠状態に入る手法を確立しました。彼は心理学や医学の学位はありませんでしたが、アメリカ医学界や歯学会に対する貢献が認められました。そして、いまでは常識になるくらいまで、彼の催眠誘導がアメリカの医療現場で利用されています。デーブ・エルマンが1984年に書いた「催眠療法」という本があります。

 

1951年に 米国催眠士協会National Guild of Hypnotists  が設立されます。

 

 そしてヒプノセラピーを世界的に広めたのはクラズナー博士の功績といっても過言ではありません。第一人者として多くの臨床の場で活躍した後に米国催眠療法学院を設立しました。

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A.Mクラズナー

クラズナー博士のあなたにもできるヒプノセラピー」という著書があります。

 

 

そして、ブライアン・ワイス博士は前世療法で有名な精神科の医者です。

  

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ブライアン・ワイス

 恐怖症の患者に年齢退行催眠療法を行っていたところ、患者がある時、過去世へと退行したことをきっかけに、何度か過去世の退行催眠を行って行くことで患者のトラウマが癒されて行きました。この実録が「前世療法」という著書に記され、世界中にこの療法が知られることとなりましたた。